第7期科学技術・イノベーション基本計画
傾向と展望:第6期との比較分析
基礎研究力の低下(Top10%論文 世界13位)と安全保障環境の変化を背景に、「Society 5.0」から「新技術立国」へ政策の重心が移動。研究投資の倍増と国家安全保障との一体的推進が前期との最大の相違点。
政策概要・位置づけ
基本データと計画の骨格
第7期科学技術・イノベーション基本計画(以下「第7期基本計画」)は、令和8年(2026年)3月27日に閣議決定された、2026〜2030年度を期間とする5カ年の国家計画である。科学技術・イノベーション基本法(旧:科学技術基本法)第9条に基づき策定されており、科学技術・イノベーション政策の最上位文書に位置づけられる。
策定の主体は内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)であり、関係省庁(文部科学省・経済産業省・防衛省・外務省等)が横断的に関与する。本計画は、NEDO・JST・AMED等の研究資金配分機関が実施する各種公募事業の基本的方向性を規定するものであり、研究者にとって中長期の資金獲得戦略を検討するうえで参照すべき最重要文書のひとつである。
計画の基本的位置づけ
第7期基本計画は「2035年を見据えて、今後5年間に政府が行うべき施策を整理する」計画と位置づけられる。基本計画期間中、毎年度「統合イノベーション戦略」を策定して年次施策の方向を示す。また、科学技術・イノベーション白書において進捗状況の把握・フォローアップを実施する。
計画全体を貫く理念は「科学技術を国力の源泉にイノベーションを生み出すための日本全体の社会システムの再構築」であり、そのための6つの柱を定める。
策定背景・経緯
第6期の課題と策定の文脈
第7期策定の問題意識
第7期基本計画の冒頭は「このままでは、日本からは、もはやノーベル賞は生まれなくなるのではないか」という警鐘的な問いから始まる。2025年に日本の研究者が生理学・医学賞及び化学賞を受賞したことは慶事であるが、いずれも1990年代に着手された研究成果に基づくものであり、2000年代初頭からの研究力の相対的低下は歯止めがかかっていないと本文は指摘する。
第6期期間中(2021〜2025年)に明らかになった課題
- 論文指標の低下:Top10%補正論文数の国別ランキングが世界4位(2000年代初頭)から第13位(2021〜2023年平均)に低下
- 博士人材の停滞:人口100万人当たりの博士号取得者数は120人(2018年度)から123人(2022年度)と横ばい。第6期目標2,150人(産業界採用)に未達見込み
- 研究投資の伸び悩み:官民研究開発投資は目標120兆円に対し2021〜2024年度合計で86.3兆円(目標を下回る見込み)
- スタートアップ投資の差:VC投資額が日本約1兆円に対し米国約43兆円・欧州約11兆円(2025年)
- 国際交流の停滞:海外からの受入研究者数・海外への派遣研究者数がコロナ前水準に未回復(2023年度:受入27,265人、派遣110,236人)
策定の経緯(年表)
国内外の情勢変化(第7期の現状認識)
第7期本文は現状認識として以下を挙げる。
- 国内外の経済・社会情勢の変化:人口減少・少子高齢化の進行、構造的な労働力不足。国際的には格差拡大・グローバル・インバランス・サプライチェーンリスクの顕在化(米国の関税措置等)
- 国際秩序の変化:米中戦略的対立の長期化、ウクライナ侵略等に代表される武力紛争の現実化、権威主義体制の台頭・保護主義の復活による国際秩序の不安定化
- 先端科学技術をめぐる国家間競争の全面化:AI・量子・半導体・バイオ・宇宙・サイバー等が国家の競争力と安全保障を左右する最前線に
- 基礎研究から社会実装までの加速度的短縮と「科学とビジネスの近接化」:段階的プロセスから、基礎研究段階から事業化を見据えた並行的研究開発へ
- AIと科学の融合による研究開発パラダイムの転換:AI for Scienceの急速な拡大。計算資源・データ・アルゴリズム・人間の知が統合された研究基盤が重要に
- 国際的な科学技術人材の獲得競争の激化:研究資金、処遇、生活環境、家族支援等を含む総合的な人材誘致競争
主要施策:6つの柱
第7期基本計画の政策体系
第7期基本計画は、「科学技術・イノベーション推進システムの刷新」(縦割り・自主主義・デジタル転換の遅れを「レイヤー構造・分野組織を超えた連携・データ基盤整備」へ転換)を前提として、以下の6つを柱とする。
第6期との比較・変化点
第6期(2021〜2025年度)から第7期(2026〜2030年度)への転換
最重要変化3点
- 政府R&D投資が30兆円→60兆円(2倍)へ大幅増額:第6期の政府投資実績は43.6兆円(目標30兆円を超過達成)だったが、第7期ではさらに60兆円と大幅に引き上げ。研究資金の総量は拡大へ。
- 「科学技術と国家安全保障の有機的連携」が独立した柱(第3の柱)へ格上げ:第6期では研究セキュリティ等として付随的に言及されていたが、第7期ではデュアルユース研究・経済安全保障・研究セキュリティが独立章として扱われる。
- Society 5.0から「新技術立国」へビジョンが転換:第6期のwell-being志向は継続しつつも、安全保障・国際競争に対応した「強い経済」「科学技術を国力の源泉に」という表現が前面に出る。
主要項目の第6期→第7期比較
| 項目 | 第6期(2021〜2025) | 第7期(2026〜2030) | 変化 |
|---|---|---|---|
| 政府R&D投資目標 | 30兆円(予算計上累計:43.6兆円※基金として第7期期間中に執行されるものを含む) | 60兆円(従前の考え方に基づく45兆円に多様な財源・政策ツールを加えた目標) | 拡大 |
| 官民R&D投資目標 | 120兆円(実績:86.3兆円見込) | 180兆円 | 1.5倍に拡大 |
| 全体ビジョン | Society 5.0 / well-being | 「新技術立国」/ well-being継続 | 重点移動 |
| 計画の構成 | 3章(基本的考え方・Society 5.0政策・推進体制) | 7章(6つの柱を各章で展開) | 大幅再編 |
| 国家安全保障との連携 | 研究セキュリティ等として付随的に言及 | 第3の柱として独立・強化。デュアルユース推進・経済安全保障・研究セキュリティが一体化 | 新設・強化 |
| 重要技術の体系化 | AI・量子・バイオ等(言及あるが体系化なし) | 国家戦略技術6分野+新興・基盤技術11分野(計17分野)として体系化 | 新設 |
| AI活用 | AIを政策手段のひとつとして活用(SIP等) | 「AI for Science」として研究パラダイムの転換を明示 | 格上げ |
| 科学技術外交 | 国際連携・科技外交として付随的に言及 | 第5の柱として独立。Science for Diplomacy / Diplomacy for Scienceの2方向戦略 | 独立・強化 |
| 推進システム改革 | CSTIの司令塔機能強化(従来の延長) | 縦割り・自主主義→レイヤー構造・分野組織を超えた連携・データ基盤整備(第6の柱) | 抜本強化 |
| 論文目標 | (数値目標なし) | 10年以内にTop10%補正論文数で世界第3位 | 新設 |
| 博士人材目標 | 産業界による理工系博士採用2,150人(2025年) | 博士号取得者2万人(2030年度) | 目標再設定 |
| Society 5.0 | 計画全体の基軸ビジョン(3章2節に展開) | 継承しつつも「新技術立国」に重心移動。well-beingは継続 | 継承・後退 |
| 総合知 | 計画の基本コンセプト(「総合知による社会変革」) | 引き続き言及。第7の柱の留意事項として継続 | 継承 |
研究者への示唆
第7期基本計画が研究活動・資金獲得・キャリアに与える影響
積極的に活用できる点
- 研究資金の大幅拡大:政府R&D60兆円(前期比2倍)は、競争的資金・基盤的経費ともに増加が期待される。特に基礎研究・挑戦的研究への「幅広い研究の場」確保が明示されており、短期成果に縛られない研究への支援が拡大見込み。
- 若手研究者・博士人材支援の強化:博士号取得者2万人(現状比約27%増)、挑戦的研究課題13,000件、長期海外派遣3万人(累計)など、若手・博士を対象とした数値目標が多数設定。博士取得後のキャリアパスも拡充方向。
- AI for Scienceによる研究効率化:AI駆動型研究基盤の整備が公約され、研究データの管理・共有・AIツール活用のための共有インフラが整備される見通し。データサイエンス・AI活用研究は資金獲得で優位に立てる可能性が高い。
- 産学連携・スタートアップの推進:ディープテック系スタートアップへの一貫支援、大学発ベンチャーの資金調達環境整備が加速。研究成果の社会実装・事業化を志向する研究者には追い風。
- 国際共同研究の拡大:長期海外派遣・頭脳循環推進により、国際ネットワーク形成への支援が増加。同盟国・同志国との重要技術領域での共同研究は公的支援を受けやすくなる見込み。
注意すべき点
- 研究セキュリティ要件の強化:「科学技術と国家安全保障との有機的連携」が第3の柱として独立したことで、研究機関・研究者に対する研究セキュリティ(技術流出防止・リスクマネジメント)の手順書整備・遵守要件が厳格化されていく見込み。国際共同研究の相手国・機関選択において慎重な対応が求められる場面が増える可能性がある。
- 重要技術17分野への集中:国家戦略技術6分野(AI・量子・半導体通信・バイオヘルスケア・核融合・宇宙)と新興・基盤技術11分野に資源が集中配分される方針。これらの分野に近い研究は資金獲得で有利になる一方、重点外の分野では相対的な配分低下の可能性を念頭に置く必要がある。
- 大学への競争的圧力:「特定の大学の研究時間50%(2030年)」「国際卓越研究大学制度の推進」等、大学ランク・機能分化が進展。機能強化の方向性によっては、研究と教育の役割分担・評価基準に変化が生じる可能性がある。
- 官民R&D投資目標への未達リスク:第6期でも官民120兆円目標は2021〜2024年度合計で86.3兆円と未達の見込みであった。第7期の180兆円目標は高い民間投資増大を前提とするため、政府投資の効果が民間に波及しない場合は実績が伸び悩む可能性がある。
所属・立場別の主な影響ポイント
| 対象 | 主な影響・注目点 |
|---|---|
| 大学・国公立研究機関の研究者 | 基盤的経費の確保・拡充(国立大学法人運営費交付金の大幅拡充)が明示。基礎研究・挑戦的研究への支援拡大。研究時間確保の制度的後押し(学内事務負担軽減等)が期待される。 |
| 若手研究者・博士課程学生 | 博士号取得者2万人・長期海外派遣3万人目標など若手支援の数値目標が多数設定。安定雇用の確保・キャリアパスの多様化が政策目標に明記される。博士取得のメリットが拡大しうる。 |
| 企業研究者・産学連携担当者 | 産学官共創拠点・ディープテックスタートアップ支援・知財標準化戦略が強化。企業との共同研究費・特許実施収入の拡大に向けた制度整備が進む方向。 |
| 重要技術17分野の研究者 | 国家戦略として各省庁の予算措置・重点的資源配分の対象となる。SIP・ムーンショット・K Program・CREST等の公募に積極的に応募する価値が高まる。 |
| 国際共同研究に関与する研究者 | 同盟国・同志国との連携が推進される一方、研究セキュリティ(相手国・機関の審査、技術流出リスク管理)への対応が求められる。海外派遣・受入のサポート体制が充実見込み。 |
今後の見通し
第7期基本計画に基づく今後のスケジュールと政策動向
政策方向性についての分析(一次資料に基づく見通し)
- 安全保障・経済安全保障の文脈での研究資金増加:国家戦略技術6分野を中心に防衛省・経済産業省からの研究資金が増加する傾向が強まると見込まれる。従来の「科学技術省庁」以外からの資金獲得機会が拡大する可能性がある。
- 基礎研究への投資強化:「科学の再興」が第1の柱に設定されており、「必ずしも出口を意識しない幅広く多様な研究開発」(本文より)への支援が政策的に後押しされる方向。科研費等の競争的資金規模の拡大が期待される。
- デュアルユース・経済安全保障対応の制度整備が加速:研究者・研究機関は研究セキュリティのリスクマネジメント体制整備を求められる場面が増加すると見込まれる。大学・研究機関の規定・ガイドラインの整備が進む。
- 官民R&D180兆円目標への不確実性:第6期の実績が86.3兆円(目標120兆円)であったことを踏まえると、民間投資の大幅拡大が鍵であり、これは経済環境に依存する。研究者にとっては政府側(公的資金)の動向を注視することが現実的。
参考資料・出典
本記事の根拠となる一次資料
| 資料名 | 発行元・発行日 | URL・備考 |
|---|---|---|
| 第7期科学技術・イノベーション基本計画(本文) | 内閣府(CSTI)/令和8年3月27日 | 内閣府CSTEサイト(PDF) |
| 第7期科学技術・イノベーション基本計画(概要) | 内閣府(CSTI)/令和8年3月27日 | 内閣府CSTEサイト(PDF) |
| 第7期科学技術・イノベーション基本計画 インデックスページ | 内閣府(CSTI) | 内閣府CSTEサイト |
| 第6期科学技術・イノベーション基本計画(本文) | 内閣府(CSTI)/令和3年3月26日 | 国立国会図書館WARP(PDF) |
| 第6期科学技術・イノベーション基本計画(概要) | 内閣府(CSTI)/令和3年3月26日 | 国立国会図書館WARP(PDF) |
